前立腺癌、重粒子治療体験記

前立腺癌と重粒子治療について、私の経験をお伝えして行きたいと思います。

2024-01-01から1年間の記事一覧

507.ジジとお孫のハチャメチャ鉄チャン旅30

またまたこのシリーズ、今回は鶴見線の話題です。いよいよ婿が帰って来るカウントダウンが始りました。このシリーズもそろそろ終わりかなと思うと、寂しく感じているこの頃なのです。そしていよいよ2人目のお孫ちゃんもやって来ます。娘も色々と準備に忙しそ…

506.私の愛車遍歴の思い出、19

この2代目ミラージュになり、我達は暫くの間はこの車で十分でした。1,300ccだったので多少馬力に心細さを感じましたが、バックギアを含めて走りはスムースになり燃費も向上、エアコンはイマイチでしたが、カセットテープも格段に音が良くなりました。2人では…

505.私の愛車遍歴の思い出、18

結婚して2人の愛車となった初代ミラージュは、その後もドライブ、旅行、買い物、そして妻の通勤と大活躍。独身の時より数倍の稼働状態になったのです。しかし買った時から既に5年以上経過、中古で買ったのですからそれ以上の経過年数です。結構ガタが出て来…

504.私の愛車遍歴の思い出、17

兄はますます高級嗜好となって行きました。そしてカリーナの後のローレルも直ぐに飽きてしまったようで、その1年後位に、我が家では自家用車としては初めての新車を買う事になったのです。それがローレルの四代目でした。当時CMでは、確かあの有名なファッシ…

503.私の愛車遍歴の思い出、16

今回は、友人の車を書こうと思います。それはシルビアです。この友人は地方出身だったのですが、親戚が都内におり結構な資産家だったようで、その親戚の敷地を駐車場として貸して貰えたとの事で、この中古車を買ったのでした。当時はやはり、車自体は中古車…

502.私の愛車遍歴の思い出、15

ミラージュを買い彼女が出来た事で、その頃は私は有頂天な気分。しかしその後は色々と厳しい現実が待っていました。まずは車庫でした。父は約束通り会社の倉庫を整理して車庫のスペースを作ってくれました。そこで無事に車庫証明も取れました。しかしこの車…

501.私の愛車遍歴の思い出、14

彼女を落とすべく、この後ミラージュ探しが始まります。毎月の色々な車雑誌の中古車情報を必ずチェック。見つかるととりあえずその週末にダットサンで見に行きます。時には1人で、時には友人と。今ではネットで調べメール等でやり取りの便利な時代。しかし当…

500.私の愛車遍歴の思い出、13

今回は私が初めて買った車、ミラージュです。このブログの記念すべき500回目が、何とこの車を購入した話になるとは思いませんでした。何か偶然とは言えない運命のよう無い物を感じるなあ😊。このブログ、まだまだ頑張って続けて行ければと思っております💪。 …

499.私の愛車遍歴の思い出、12

今回はセリカリフトバックです。この車は、自分だけの車を買おうとしていた時に、最初に気に入った車だったのです。カリーナを手放してから色々な車を探していたのですが、気に入った車はあるのですが金額の問題もあるし条件面も色々ある。そしてやはり、カ…

498.私の愛車遍歴の思い出、11

今回の車はジェミニです。これはいすゞの車で、それまではトラックのメーカーだと思っていたので、乗用車も作っているんだとビックリした思い出があります。この頃は、ローレルを兄と共有状態で所有していた為ダブルブッキング多く、中々ドライブの予定が決…

497.私の愛車遍歴の思い出、10

突然やって来たカリーナとの別れ。それは兄と共有という所が原因でした。兄はこのカリーナには満足していなかったようで、確かに休日でもあまり乗っていませんでした。そしてカリーナが来てからも、ずっと他の車に買い替えようと思っていたそうなのでした。…

496.私の愛車遍歴の思い出、9

今回は私が初めで買った車、カリーナです。車の運転にも慣れ、そして社員さん達の乗用車を借りて乗ったりなんかしていると、やはりトラックとかでドライブするのはもう卒業したくなって来ます。自分も自分だけの乗用車でドライブがしたいと思うようになりま…

495.私のX-JAPAN奮闘記31

今回は、先日行ってきたToshIのディナーショーの話です。いきなりですが、このディナーショーはとにかく高い‍。値段は想像にお任せしますが、第二の会社員生活になった身にはさすがに応えて来ます。しかし、今回は何と、今話題になっている麻布台ヒルズのレ…

494.私の愛車遍歴の思い出、8

カッコいい乗用車に興味を持ち始めた私。そして他の会社の人もどんな車に乗っているのか知りたくなりました。すると、そのうちの1人が、とんでもない車を持っていたのです。それはロータリーエンジンを搭載した当時の高級車、コスモでした。豪華な内装、当時…

493.私の愛車遍歴の思い出、7

家にトラックがあったので、車の運転は専らこれらのトラックを使ってやっていました。お陰で随分と運転は上手になり、また配達をしていた事もあり道も随分と覚えました。そして兄の影響もあり、少しずつ色気付いて来て、デートに誘ったりする女性とかも出来…

492.ジジとお孫のハチャメチャ鉄チャン旅29

ここでちょっとこのテーマ。今回は私が一度行って見たかった、神奈川県の寒川神社の近くの、廃線跡に行って来た話です。そこに到着すると、まあよくこんな保存をしてくれたモノだなあと思わず感心。そして昔はこんな廃線跡が結構あったなあと、感慨に耽って…

491.私の愛車遍歴の思い出、6

次はエルフトラックです。私が運転し出した当時は、トラックと言えば「エルフ」といった感じで、街中には至る所に走っていました。これはバンや小型トラックでは無く、本格的なトラックです。私の家にあったのは2トントラックで、大量の荷物だったり、大きい…

490.私の愛車遍歴の思い出、5

続いて書くのは軽トラです。メーカーは忘れてしまいましたが、やはり会社にあったトラックで一台だけだったと思います。この形は今でも基本的な形は変わっておらず、当時から既に完成されていた形だったのだと思います。デリカトラックを小さくしたような形…

489.私の愛車遍歴の思い出、4

大きな事故を起こしてしまい、デリカトラックはこの事故で廃車になってしまいました。幸い私は大した怪我も無く翌日退院。事故処理は保険会社に任され、その後も私は再び親から怒られ、暫く会社の車は使えなくなりました。そして、このデリカが私の命の引き…

488.私の愛車遍歴の思い出、3

次の思い出のトラックは三菱のデリカトラックです。デリカと言うと当時流行し出したのワンボックスカーの先駆けの車のように思えますが、私はデリカと言うとトラックのイメージがあるのです。確かにこの1980年頃のデリカは「スターワゴン」というグレードが…

487.私の愛車遍歴の思い出、2

この頃の我が家もご多分に漏れず裕福な家では無く、自家用の乗用車は無く、車と言えば会社にあるバンやトラックのみ。免許を取り立ての頃は、このトラックとかバンを休日に借りて、友人を誘いドライブへ行ったモノでした。よく乗っていたのが当時の日産の「…

486.私の愛車遍歴の思い出、1

突然ですが新しいシリーズ、車の話題を書きたくなったので、書いてみようと思いました。私の今のお気に入りのテレビ番組と言えば、BS日テレの土曜日の夜にやっている(令和6年2月現在)、「おぎやはぎの愛車遍歴」です。私は鉄道も大好きですが、車も大好き。…

485.ジジとお孫のハチャメチャ鉄チャン旅28

拝島で立川行きの電車を待っていると、何と東京駅まで中央線直通の特別快速がやって来ました。青梅線は、50年前は茶色の旧型電車が走っていたので、東京までの直通なんてあり得なかったのです(と、記憶しています。通勤時間帯には直通があったかな〜)。便利…

484.ジジとお孫のハチャメチャ鉄チャン旅27

さて、このブログもいよいよ4年目に突入です😊💪。まずその1回目は、やはりお孫ちゃんの話題で行きたいと思います😊。 今回は、お孫ちゃんの不思議なリクエストによる鉄チャン旅です。2月後半の三連休の中日、私のお孫当番の日。この辺り、寒の戻りがあり、また雨…

483.ジジとお孫のハチャメチャ鉄チャン旅26

既に1時を過ぎ、私がお腹が空いて来たのでお孫ちゃんを呼び寄せます。近くにサイゼリヤの看板が見えたので、そこでご飯を食べようと促しますが、全く言う事を聞きません。鳩の餌やりに夢中なのです。しかしふと上空を見ると、トンビが舞っています。遠くの方…

482.ジジとお孫のハチャメチャ鉄チャン旅25

今回はお孫ちゃんとの三浦半島の旅です。この日は私1人で川崎大師へ行く予定でしたが、娘からちょうどその日に孫ちゃんの面倒をお願いされた為、一緒に連れてお参りする事にしていたのです。しかし、その日は何と節分祭をやっており、お札等の受付は無いよう…

481.私の夫婦でゴルフ体験記46

他に特に行く所も無かったので、最近疲れ気味の妻のためにかなり早めにチェックイン。この妙義グリーンホテルももう何度目でしょう。勝手知ったるホテルですが、今回は何と夕食の食べ飲み放題の時間が、80分から90分に拡大していました。これには気合が入り…

480.私のぶらぶら旅23

1月の終わりに月曜の有休が取れたので、先日のゴルフコンペのリベンジに行きたいと妻が急に言い出しました。この週明けは、先日のコンペとは違い天気も良さそう。妙義カントリーを調べるとこの時期は当然閑散期でガラガラ状態。またこの時期のアコーディア系…

479.私の会社員時代、やってらんない記憶.112

このシリーズの最後にこんな悲しかった出来事は無かった、と言う事を書こうと思います。もちろん相手に対してもそうでしたが、自分に対しても何てマヌケだったんだろうと、腹立たしさを通り超え、本当に悲しくなった話です。 私は自慢じゃないですが、殆ど倒…

478.私の会社員時代、やってらんない記憶111

この悲しかった話は、この国の仕事事情の話です。欧米の学生達は、公務員や会社員になるより、自分で会社を設立して仕事をしたいと思っている人が多いようです。しかし、私が就職活動をしていた頃は、会社を作るなんて考えは全く無く、実家の会社を継ぐか、…