前立腺癌、重粒子治療体験記

前立腺癌と重粒子治療について、私の経験をお伝えして行きたいと思います。

503.私の愛車遍歴の思い出、16

今回は、友人の車を書こうと思います。それはシルビアです。この友人は地方出身だったのですが、親戚が都内におり結構な資産家だったようで、その親戚の敷地を駐車場として貸して貰えたとの事で、この中古車を買ったのでした。当時はやはり、車自体は中古車であれば金額的には何とか買えたのですが、その維持費、特に都内では駐車場代が馬鹿にならなかった為、中々車は持てなかったのでした。私も家に駐車場があったからこそ、車が買えたのだと思って家には感謝したモノでした。そしてこの友人が私のミラージュに続いて車を買ったのです。それがこのシルビアでした。

それを聞いた時、いい車を買ったなあと思いました。シルビアと言えば日産のスペシャリティーカーの部類に入り、トヨタセリカのライバル的な車で、昔から人気の車種でした。そしてこの3代目のシルビアも先代を凌ぐ中々のスタイルで、ノッチバックの2ドアというスタイルが斬新で若者に大人気となりました(写真は車のパンフレットから引用しました)。f:id:x-japanese:20230622222811j:image

2年落ちの車でボディや内装の状態はいい感じでした。1,800ccで普通のエンジンでしたが、当時から技術の日産と言われていましたから、私も乗らせて貰いましたが走りは中々な物でした。もちろんFR、グレードはL-SEX、内装も豪華な感じ。女性の好きな車ランキングでは必ず上位に顔を出す車だったので、どちらかと言うとナンパをするような車として見られていました。この友人は結構硬派でチャラい奴では無かったので、意外と言えば意外でした。しかし友人達にはこのグレードを茶化され、エルセッ◯スと呼ばれ、エロい奴呼ばわりされるようになりました😅。これは妬みもあったのだと思いました。中古車とは言え結構値段もしたと思います。

この友人はとにかくよくアルバイトをする奴でした。大学も2年になると殆ど学校に来る事は無く、毎日のようにアルバイトに明け暮れ、時々通学して来ると、その後はよく飲みに行った物でした。そして必ず二次会へ突入。当時から彼は学生の分際で行きつけのスナックがあり(これも親戚の関係だったようです)、私なんかも一緒によく行き、カラオケもよく歌っていました。当時はエイトトラックというカラオケテープをかける機械で音楽を出し、それに合わせて歌詞カードで歌うという形でした😵。

当時のスナックには、大体店主のママさんがいて、社員かアルバイトの女性が1〜2人。客席はせいぜい10人程度。営業時間は夜の8時頃から、夜は客が帰るまでやってるみたいな感じでした。なので帰る時間を考えないといつまでもいる感じとなり、お会計が結構大変な事になる事もしばしば。我々は大体2〜3人で行っていましたが、この友人、大体が酔い潰れて我々が家まで送って行ったのでした。お代はいつもツケなので、友人に後日払うと言っても受け取ってくれないという、太っ腹と言うか変わった奴でした。その位金回りはいい奴でしたから、多分このシルビアも現金払いで買ったのだと思います。まあこの辺りは人の財布の事なので、あまり詮索はしませんでした。

そしてこの友人とは何回かツーリングと言うか、旅行に行きました。私はミラージュ、彼はシルビア。その他友人を3人程誘い、夏休みには海や山にドライブに行きました。そしてそこでは、駐車場に2台並べて停めていると結構注目されたりしていたのです。どちらも違うジャンルで女性に人気がある車だったからか、結構見られている感じがしたモノでした。一緒に行った友人なんかは、現地でよく女性に声を掛けていて、実際一緒にドライブに行った事もあり、それなりに楽しかった思い出があります😅。

また違う旅行では、前日の旅館で全員が酔い潰れ、翌日の出発時間になっても頭が痛く気持ち悪い状態。しかしチェックアウトの時間が迫り、こんな状態でドライブに出たモノですから、全員が絶不調。今ならこんな状態で運転してたら、一発で酒酔い運転と見なされてしまいます。とりあえず、近くの駐車スペースを探して休憩しようと車を走らせていると、前方を走るシルビアの後部座席から友人の1人がいきなり顔を出しました。その後、シルビアは路肩に急停車。どうなってしまったかはご想像にお任せしますが、車体が汚れてしまい、シルビアの友人は途方に暮れていました。私は自分の車じゃ無くて良かったと思ったのでした。その後、洗車場を見つけ、シルビアを洗う友人は特に怒る訳でも無く、黙々と車を洗っていました。こう言った所も太っ腹な奴だなあと感心したのでした😊。

またある旅行では、宿泊代を浮かすため、昔よくあったバンガローと言う物に泊まった事があったのですが、その旅行の最中にまさかの台風が直撃。こう言ったバンガローの施設というのは大体山間にあるのですが、その台風の晩はお互いの車が心配で一睡も出来ず、翌日の朝一番に2人で車を見に行き、無事だった時にハイタッチをして喜んだのもいい思い出です。

またこの車、友人からデートで使いたいから貸してくれとせがまれて、結構貸していた事がありました。そんな事にもお構い無し。私はミラージュは絶対に貸さなかったので(バックギアの具合が悪く、それを言われるのが嫌だったからなのですが😵)、本当に当時のこの友人は太っ腹と言うか、変わった奴だなあと思っていました。

この友人とはその後も付き合いが続いており、先日も他の友人達と飲みに行きました。あの頃の太っ腹はすっかり影を潜めて普通の会社員となりましたが、その頃の面影はしっかり残っていて、またいつかあの頃みたいな旅行がしたいなあと、お酒を飲みながら話しています。こんな思い出をくれたのも、車があったからこそ。この歳になって改めて感謝をしています。