前立腺癌、重粒子治療体験記

前立腺癌と重粒子治療について、私の経験をお伝えして行きたいと思います。

485.ジジとお孫のハチャメチャ鉄チャン旅28

拝島で立川行きの電車を待っていると、何と東京駅まで中央線直通の特別快速がやって来ました。青梅線は、50年前は茶色の旧型電車が走っていたので、東京までの直通なんてあり得なかったのです(と、記憶しています😅。通勤時間帯には直通があったかな〜😵)。便利になったんだなあと思いながら、いつものように先頭車に乗車。すると既に数人の、中学生位の鉄チャンが乗車していました。その子達はかなりのマニアのようで、運転士さんを真似て色々な仕草をしていました。点呼のような事もしており、かなりの筋金入りの鉄チャンだったのです(私は「真似鉄」と呼んでます😵)。それを見てお孫ちゃん、少し引いているようです😅。立川駅で降りると言い出し、後続の快速に乗る事にしました。これには少し笑えました😅。

そして武蔵境駅に向かいました。ここが西武多摩川線の乗り換え駅なのです。そしてこの路線の終点が、是政駅です。西武線の改札を入ると、そこには昔ながらの色に塗り替えた、所謂「リバイバルカラー」の電車が止まっていました。私は思わず「うわー、懐かしい😀」と叫んでしまいました。お孫ちゃんは大したリアクションは無し😅。私はこの電車とお孫ちゃんのツーショットを撮りました。f:id:x-japanese:20240226115242j:imagef:id:x-japanese:20240226170943j:image

この色は、私が幼い頃、よく祖母と見に行った時に走っていた西武線の色です。本当に懐かしい😂。つい最近、近所の駅で、回送電車として走っていたのを見た事が一度ありましたが、その時は「何で昔の電車が走っているんだ?😳」と、夢でも見ているのかと思い、思わず駅員を呼び止めて確認した位、ビックリしたのを覚えています。この古い型の電車は、この路線に集められて使われている事をその後知りましたが、まさかいきなり見れるとは思いませんでした😊。因みに昔の西武線の電車です↓😅f:id:x-japanese:20240302001441j:image

そして乗車。ここも何と単線。そしてこの路線、元祖黄色の電車も走っており、さながら西武線の博物館のような路線で、本当に感激モノでした。お孫ちゃんが私にプレゼントで、ここに連れて来てくれたのかと思った位、感動してしまったのでした。この電車達も近々に廃止になる話を聞いています。そんな電車に乗れるなんて、ここでも感傷的になってしまった私。この多摩川線の時間は、本当に癒される気分でした。そして是政駅に到着。数本の引っ込み線があるだけの小さな駅でした😅。f:id:x-japanese:20240226172029j:image

ケータイのマップを見ると、本当に直ぐそこに多摩川が流れているようです。お孫ちゃんにその話をして、早速その方向に歩いて行きました。程なく立派な吊り橋の道路が見えました。そしてその土手を登ると、雄大多摩川が見えました。それにはお孫ちゃんは大興奮。この道路の橋も白くて大きくて見事。そして遠くには南武線の鉄橋が見えました。f:id:x-japanese:20240226172330j:image
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少し風が吹いて寒かったですが、暫くこの土手で遊ぶ事にしました。土手沿いにはサイクリングとランニングのロードが整備されており、気持ちよさそうにランナー達が走っていました。お孫ちゃんはその道沿いの草むらで草やキノコ、花を探しています。すると鶴のような大きな鳥を発見。あれは何だと騒ぐ姿はコミカルで本当に可愛い😅。しかし事故には気をつけないといけません。変な側溝や水門に近づかないように、時には捕まえに走ります。f:id:x-japanese:20240226173242j:image

その後は南武線の撮影に挑戦。ここは何と、南武線と貨物専用線の二路線が並んで掛かっている鉄橋が見えるのです。私も高校生の時、向こう岸でよく撮影していた場所でした。その鉄橋に近づくと、それには本当に懐かしさのあまり、感動。暫く土手に佇んでしまいました。あの時、あの辺で必死になって撮影していたなあなんて、それがつい最近のように思い出されました。すると南武線がやって来ます。「ジージ、撮って〜」と言う大声にハッと我に返り、咄嗟に写真を撮りました。f:id:x-japanese:20240226173646j:image

撮影した画像をお孫ちゃんに見せると、「上手く撮れたね」と、称賛の言葉😅。これには思わず嬉しくなります。その後も暫くは南武線をビデオに撮ったり、貨物もやって来たのでそれを撮ったりと、楽しく遊ぶ事が出来ました。SL以外の列車を、こんなにも結構本格的に撮影したのは、何年振り位だろ?。それもお孫ちゃんと一緒です。本当に幸せな時間を過ごせました。f:id:x-japanese:20240226174935j:image

そろそろ寒くなって来たので、家路に着きます。お孫ちゃんには、あの大きな橋を通って多摩川を渡って、南多摩駅に行こうと言いました。すると多摩川を渡る事に何だか感激している様子です。そしてその橋の方に思いっきり走り出しました。私は追い掛けるのに大変。息が切れて参りました。ランニングを中断して数ヶ月経っていますが、また再開しようとこの時に心に決めました💪。橋からは雄大な景色が見れました。そして多摩川を見るお孫ちゃんは、本当に興奮している感じ。はしゃぎ過ぎて落ちないように、私は気が気ではありませんでした。f:id:x-japanese:20240226180308j:image

渡り終わった欄干の辺りでは案の定コケて、膝小僧を擦りむいてしまいました😅。しかし泣きもせずに我慢。こんな所も少しずつ成長しているんだと実感。その後は無事に南多摩駅に着きました。f:id:x-japanese:20240226180950j:image

この駅は高架のお洒落な駅になっていました。昔、撮影に数度利用しており、当時はまだ地上の駅で、この立派な橋の道路もそもそも無かったように思います。全く当時の面影は無く、あるのは府中本町方面の左側に見える、断崖絶壁位。この崖は昔からあり、当時からいつかは崩れるのでは無いかと心配していました。今ではしっかりと護岸工事さながら、コンクリートやブロックで補強されているようです。驚いたのは駅前に、東横インのホテルがある事でした。ここに泊まる人はどんな用事がある人なんだろうと思ってしまいます。嫌、何か重要な施設や大きな会社でもあるのかな〜。

そしてここからはお孫ちゃんの大好きな南武線に乗り、家路に着いたのでした。そして少し心配した武蔵野線ももう嫌がる事も無く、無事に家まで辿り着けたのでした。帰りには次に行きたい所の話をしています。何と、高崎に行きたいとの事😅。そこは結構な距離です。「そこはママに聞いてからだな〜」と私。最近のお孫ちゃんは急激に成長した感じが確かにしています。益々遠い所に行ってみたいんだろうと想像しますが、私の体力が心配になります。娘もさすがに心配する距離なので、次回の場所は慎重に考えようと思ったのでした😅。

 

484.ジジとお孫のハチャメチャ鉄チャン旅27

さて、このブログもいよいよ4年目に突入です😊💪。まずその1回目は、やはりお孫ちゃんの話題で行きたいと思います😊。

今回は、お孫ちゃんの不思議なリクエストによる鉄チャン旅です。2月後半の三連休の中日、私のお孫当番の日。この辺り、寒の戻りがあり、また雨が続いていましたが、この日は天気が良かったので連れ出せたのでした。この日は、妻の用事の関係で比較的ゆっくりした出発。必然的に近場で過ごそうと言う事になっていたので、お孫ちゃんにはあまり遠くに行けないと言っていたのでした。そして前日、どこへ行こうか考えているとお孫ちやん、何と突然、「武蔵五日市と是政に行きたい」と言います。私は「何だそりゃ?」と思わず叫んだ位ビックリ😳。どちらも何も無い、普通の終着駅です。どこからこのリクエストが出たのか、まあ確認する必要も無いので、不明のまま当日出発したのでした😅。

ルートからすると、先に武蔵五日市、そして是政かなと思い、一晩ルートを考えていました。地元の方や鉄チャン以外の人では、この二つの駅がどこにあるのか見当が付かないと思います(失礼🙇)。私も、昔、旧型電車の撮影に五日市線に乗った事があるので、武蔵五日市は知っていましたが、そうでも無ければ分からなかった位でした。是政駅は、最近よくお孫ちゃんが、西武線のケータイアプリを見て、駅名当てクイズを出していたので、知っていました。それにしてもかなりマニアックな両駅。そこで何をすればいいのか😅。ハチャメチャ旅が始まったのでした。

まずは西武線拝島線に乗る為に、小平駅で乗り換え拝島まで行きます。そこでは黄色の西武線がお出迎え。西武と言えば、黄色の電車が以前はたくさん走っていましたが、最近は銀色ばかりになった西武線。この電車ともいよいよお別れが近づいているようです。そんな電車にお孫ちゃんと乗るなんて、いつもながら鉄チャン的な感傷に浸ってしまいます😅。f:id:x-japanese:20240225213613j:image

お孫ちゃんは、西武線アプリでこの拝島線もよく知っているようで、これにはご機嫌。いつものように前面展望の被り付きを始めます。途中、玉川上水で乗り換えると、そこからは単線です。のどかな風景が広がります。そして終点拝島に到着。

この駅は、思い起こせば、私が高校合格のお祝いに買ってもらったカメラを持って、初めて撮影に来た駅です。216回目のブログのタブレットの写真は、この駅で撮影した物です😀。その駅も、既に50年近く経過して、今は随分と様変わり。当時、ディーゼルだった八高線はもちろん電化され、旧型電車だった青梅線五日市線ももちろん新鋭の電車に変わっています。貨物列車は走って無さそうでした。昔はたくさん走っていたのになあ。因みにこれがその時の写真です😅。f:id:x-japanese:20240302003841j:image
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駅も橋上駅舎となり、お洒落な作りになっていました。f:id:x-japanese:20240226081617j:image

お孫ちゃんを見ると少し興奮気味😅。そんな感傷に浸っている暇は無く、五日市線に乗り換えます。するとここでお孫ちゃん、いきなり生き生きし出しました。どうしたんだろうと思うと、何と、電車のドアの所にあるスイッチを見ています。これは手動扉ボタンです。寒い時期や暑い時期に、このようなローカルな路線では、室内の温度を保つ為に扉は手動で開け閉めするのです。どうもお孫ちゃん、五日市線はこれが目的だったようです😅。どこでそんな情報を仕入れたんだろ?😳。お孫ちゃんは早速閉まっている扉に行って、開けて車内に入りました。それが何とも嬉しそうで、今度は開けて降りようとします。それはさすがに止めさせました。

電車は30分に一本という割合で走ってました。帰りは油断してると時間が足りなくなるなあと少し焦りました。まあ急ぐ旅でも無いしのんびり行くかと思っていると、程なく電車は発車。いきなり単線となり、のどかな雰囲気の中、のんびりと走って行きます。これには私が懐かしくなってしまいます。そして多摩川を渡ります。これにはお孫ちゃん、目をキラキラさせて喜んでいます。多摩川はお孫ちゃんの住んでいる町から直ぐ近くにあり、心の故郷のような存在のようです。この多摩川の鉄橋も目的だったようです😅。上流になるので、さほど大きく無い多摩川でしたが、お孫ちゃん、十分満足した鉄橋だったようです。

そしてここで例の音鉄が突然復活です😅。私は初めて聞く音だったのでそれを話してみると、何と以前にジジも聞いた事があると言います。そうかな〜と思っているともう終点です。私が高校の時に撮影に来たのはどの辺りだったかを探すつもりでしたが、そんな暇も無く武蔵五日市に到着です。ここまで来ると、さすがに山が近く、さらにこの所の雨がこちらでは雪だったようで、山はうっすらと白くなっています。そしてさすがに寒い😨。駅前も特にファミレスとかは無さそうです。お孫ちゃんに風邪をひかさないように、ここはさっさと撤退しようと思いました。f:id:x-japanese:20240226081633j:image

一旦降りてトイレを済ませ、またこの電車で折り返して帰る事にしました。この駅はハイキングの拠点なのでしょうか。ちょっと山小屋風の駅舎がいい雰囲気です。ここで記念撮影。その後は折り返しまで少し時間があったので、この電車でお孫ちゃん、ドアの開閉をしたいと言います。車内に誰も居なかったので、私は「少しだけならいいよ」と言いました。すると車掌さんになった気分なのでしょう。嬉しそうに何か仕草をしながら開け閉めしています。その姿は本当に可愛い。しかし運転士さんが微妙な顔をしていたので、程なくやめさせました😅。f:id:x-japanese:20240226082029j:image
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その後は、帰りもまた先頭車の被り付きです。そして多摩川鉄橋もバッチリ見て、拝島まで戻りました。f:id:x-japanese:20240226083806j:image

この鉄橋は単線で直線の為、結構飛ばすので少し怖い感じでした。しかしこの鉄橋から見る景色は中々なモノ。いいローカル線の旅と言った感じでした。

拝島では駅ナカに食べる所があったので、ここで少し休憩。昼食は手軽にドーナツ。私もコーヒーを飲み一服。後半の是政に向かう準備をしました。この五日市線ではお孫ちゃん、多摩川鉄橋も目的だったようでした。確か是政駅多摩川に近かったはずです。多摩川関連で何か無いかなとネットで探していると、何と南武線多摩川鉄橋が直ぐ近くです。さらに多摩川の対岸は、南武線南多摩駅があるのが分かりました。それならこの駅で降りて多摩川のほとりで少し遊んで、その後はお孫ちゃんの大好きな、南武線の撮影会とする事にしました。そして、便利な世の中になったモノだと思いながら、ドーナツ店を後にしたのでした。f:id:x-japanese:20240226084546j:image

因みに、旧型電車時代の青梅線五日市線の電車です😅。この時は、このホームにお孫ちゃんとまた来るなんて夢にも思いませんでした。f:id:x-japanese:20240302001251j:image
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483.ジジとお孫のハチャメチャ鉄チャン旅26

既に1時を過ぎ、私がお腹が空いて来たのでお孫ちゃんを呼び寄せます。近くにサイゼリヤの看板が見えたので、そこでご飯を食べようと促しますが、全く言う事を聞きません。鳩の餌やりに夢中なのです😅。しかしふと上空を見ると、トンビが舞っています。遠くの方では餌を捕獲するつもりなのか、急降下しているトンビが見えました😱。最近のこう言った鳥は本当に危なく、下手をすると結構な怪我をします。私はお孫ちゃんにそれを話し、餌やりをやめさせました。そしてそのまま、とりあえずサイゼリヤに連れて行きました。

そこは結構直ぐに入れて、お腹がペコペコだった私は助かりました。ここはさっきの公園とか船が見渡せる場所にあり、とてもサイゼリヤとは思えないお店でした。夜なんかは結構いい雰囲気なんだろうと推測出来ました。サイゼリヤは庶民に優しく、3,000円も出せば、たらふく飲み食い出来るお店です。その金額でこの景色と雰囲気なら超破格。横須賀の人達はいいなあと思ってしまいました。お孫ちゃんも結構お腹が空いていたらしく、しっかり食べました😅。私はドリアと小さいビールを一杯、あとはお孫の食べ残し。そしてお会計は2人合わせて、1,300円。本当にこれでいいのかと思ってしまう程の安さ😊。この会社の経営努力には頭が下がります。

しっかり休憩もしてお腹も満腹。その後は、最近の鉄チャン旅の定番で、ちょっと歩かせます。この街の雰囲気を味わいながら、もう一つの目的地、三笠記念館を目指します。そしてその途中のアメリカ海軍の基地や、色々なオブジェ、さらに記念碑等を見せながら約2㎞を歩かせました。この辺りは行き交う人も外国人が多く、お孫ちゃんには色々刺激を与えたいと思ったのです。f:id:x-japanese:20240207101154j:image
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前回の尾久の時のような文句も言わず、それなりに楽しみながら歩いていました😅。そして三笠記念館の公園に到着。ここは戦艦三笠を展示してある記念の公園です。そして向こう岸には、これから輸出される車がズラーッと並んでいる光景が見えます。こう言った物をお孫ちゃんに見せて、それを説明します。この国の戦争という歴史、そしてその後の復興、輸出というこの国の産業の話をします。しかしまだ早過ぎたか?。そんな話は右から左の如く、またまた遊具を見つけて、そちらに走って行きました😅。f:id:x-japanese:20240207101551j:image
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ここでもまたひとしきり遊びました。しかしここは結構風が吹いていて、お孫ちゃんもさすがに寒くなって来た様子。早々と電車に乗りたいと言い出します😅。しかしまだ帰るには早い時間。そこで私は、一度見てみたかった、久里浜駅の謎の引っ込み線を見に行こうと思ったのでした。せっかくここまで来たのに、やはり鉄旅に戻る事で、お孫ちゃんはやはり鉄道以外は興味無いのかと、少しガッカリ。まあ仕方ない。今度は車か飛行機の博物館でも行くかと思いながら、ここから近い京浜急行横須賀中央駅に向かったのでした。そこでお孫ちゃんに「謎の引っ込み線を見に行くか?」と聞くと、「何だそれ、でも行きたい👦」との返事。やっぱり鉄チャンなのだと認識😅。そこに向かう事にしたのでした。

そして久里浜駅に向かいます。もちろん先頭車。ここでまたカートの出番です。するとお孫ちゃん、帰りもこの電車に乗りたいとの事。私は、帰りは横須賀線のグリーンに乗って一杯引っ掛けながら帰ろうと思っていたので、これにはちょっとガックリ。横須賀線なら便利だよとか色々言いますが、お孫ちゃんはこう言った所は結構引かない😅。まあその方がお金も掛からないからいいかと自分に言い聞かせ、久里浜駅へ向かいました。f:id:x-japanese:20240207104753j:image

そしてマップを見ながらそれらしい場所に行ってみます。するとありました。警報器も無い踏切と、終点マークが直ぐ近くに見える線路。これは一体何の線路なのでしょうか?。f:id:x-japanese:20240207104817j:imagef:id:x-japanese:20240207105009j:image

どうも横須賀線の車庫の引っ込み線のようでした。線路を見ると途中から錆びていて、どうも電車はここまでやって来るような事は無いようです。お孫ちゃんも、警報器の無い踏切は初めて見たようでこれには大興奮。またこんな近くに終点マークを見れた事にも興奮状態。結構この場所はお孫ちゃんに受けて、暫くそこで遊んでいました😅。これを見て、前回の新橋の踏切後とか(461回目のブログをご覧下さい)、今回の廃線のような踏切とか、あまり廃線マニアに導かないように気をつけないととも思ったのでした。

そして日も翳って来たので、ここから京急に乗って川崎まで戻ります。そしてこの駅で電車を待っていると、ある事を思い出しました。何かと言うと、私の小さい頃は良くこの先の三浦海岸に海水浴に来ていたのは前述の通りです。そして、三浦海岸駅までは横須賀線よりはこの京浜急行が便利だったのです。しかしその時の私の祖父が、行きは横須賀線で来て久里浜からバス。帰りは京急三浦海岸駅からこの久里浜で降りて横須賀線に乗り換えていたのです。一体何でそんな面倒な事をしていたのだろうと、ふっと思い出したのでした😵。

もしかしたら私の祖父も鉄チャンだったのでは?と、その時思ったのでした😅。それも当時の国鉄の各駅停車ファンだったのでは?。そう言えば、群馬県の私の従兄弟の家に行く時にも、特急や急行では無く、2時間近くチンタラ走る各駅停車に乗って行ったモノでした。さすがに実家がある北陸に行く時は急行を使っていましたが(特急は使いませんでした)、母なんかは当時は、「電車賃の節約の為」と我々に説明していました。しかし、この海水浴については返ってバス代や京急の電車賃が余計に掛かる計算です。もしかしたら当時の113系とか115系と言った、近郊型電車ファンだったのかも知れません(そんな事は無いか😵。この電車は高崎線115系です)。f:id:x-japanese:20240207160228j:image

まあそんな事はどうでもいいのですが、こんな事もお孫ちゃんと昔懐かしい場所に来たからこそ。色んな再発見をして刺激を貰っているのは、むしろ私の方かもしれません。そしてこのホームで電車を待っているお孫ちゃんを見ていると、今から50年以上前に、自分もこのホームにいた事があるんだなあと、感慨に耽ってしまうのです。f:id:x-japanese:20240207115001j:image

そんな風に思っていると電車がやって来ました。そして運良く鉄チャンシートをゲット。ここは座りながら前面展望を味わえます。f:id:x-japanese:20240207115447j:image

それをお孫ちゃんは知っていた様子😅。既に私よりも情報を集めていて、これには私も脱帽。そしてここに座ると、安心したのか私が睡魔に襲われ、気がついたら既に川崎到着寸前。慌てて降りて、そしてその後、娘に無事お孫ちゃんを引き渡しお役目終了。

その後、娘と軽く夕ご飯を食べる事にしました。ここで、先程帰りに味わえなかったビールを一杯。娘とお孫ちゃんを前に最高の一杯でした。お孫ちゃんはさすがに疲れた様子で、あまりご飯を食べません。そして帰りにはおんぶして欲しいと甘えて来ます。赤ちゃん返りが続いているのか😅。しかし私は抱っことおんぶで娘の家まで送る事にしました。そして玄関でお別れ。その後の娘のメールでは、あの後直ぐに寝てしまったとの事。

考えてみると、今日は結構ハードでした。今日の歩数計を見ると18,800歩。これではお孫ちゃんも疲れる訳です。でもそれに今日は付いて来て、逆に私が途中で寝てしまった位でした。お孫ちゃんも随分と体力も付いて来たものだと感心。そしていよいよこの子の父が帰国。予定ではあと1回は里帰り、そして父の帰国と第二子が産まれる前に、娘とお孫ちゃんを連れて温泉に行く予定です。本当にお孫ちゃんとのハチャメチャ旅のカウントダウンが始まりました。少し寂しい気分で、家路に着いたのでした。

 

 

482.ジジとお孫のハチャメチャ鉄チャン旅25

今回はお孫ちゃんとの三浦半島の旅です。この日は私1人で川崎大師へ行く予定でしたが、娘からちょうどその日に孫ちゃんの面倒をお願いされた為、一緒に連れてお参りする事にしていたのです。しかし、その日は何と節分祭をやっており、お札等の受付は無いようで、それなら夕方までなら三浦半島辺りまでのんびり、懐かしい横須賀線でも乗り鉄してと来ようかと、急遽予定変更をしたのでした。

この横須賀線、今は湘南新宿ラインとか上野東京ラインとか、路線名とは関係無い名称で案内される事が多くなり、私のようなオールド鉄チャンには本当に分かりずらくなっています😵。以前は東京駅発着で、東海道線と併用して大船まで行き、そこから別れて久里浜まで走っていました。私が幼い頃は、よく海水浴で利用した電車で、思い出が一杯なのです。そして結構、車窓からの見どころもあります。大船駅の観音様、北鎌倉駅から見える道沿いの洞窟、逗子駅での切り離しや連結作業、田浦駅のトンネルで開かないドア、横須賀駅の終着駅の佇まい、この辺りから見える海の景色等々。以前からお孫ちゃんに、いつか連れてってあげると言っていたので、ちょうど良かったのです。

この日はまずは川崎駅の地下街へ。妻や娘から「住吉の久寿餅」のリクエストがあり、調べると川崎駅の地下街でその店舗があるのを発見。さすがに、混雑しているだろう川崎大師に行く気にはなれないので、ちょうど良かった👍。朝のうちにゲットして、三浦半島目指して東海道線に乗りました。

この日も娘のカートを貸して貰いました。お孫ちゃんの抱っこ対策はもちろんですが、久寿餅は結構な重さなので、これを一日中持ち歩くのは大変。しかしこれはカートに入れれば楽ちん。本当にいいモノを買ったものです😊。しかし階段とか段差でカートを持つ場面では、その重さがズッシリと感じ、終わり頃には結構腕に来てしまいました。この日は鉄チャン旅が主でしたが、それ以外にも横須賀辺りで降りて、海を見せようと思っていたので、このカートは本当に助かりました。鉄道ばかりではなく船も見せたりして、色んな物に興味を持って欲しいと思ったのでした。

川崎駅から東海道線に乗り、戸塚駅横須賀線に乗り換え、逗子駅まで行きます。ここでは15両編成のうち4両を切り離すという作業が行われます。まずはそれを見せに行きました。東海道線も乗るのは何年振りでしょうか。この路線はまだ横須賀線が併用で走っていた時代に良く乗っていました。海水浴以外でも、鎌倉へのデートやら、ブルートレインや貨物の撮影やら江ノ電の撮影やらに良く使っていました。先頭車で展望をお孫ちゃんと一緒に見ていると、横浜から先の風景が全く変わっていてビックリ。とにかく住宅地がびっしり続いています。東戸塚なんて駅は昔は無く、以前はこの辺りは山や丘が連なっている風景を覚えています。しかしその後はあまり変わらず。大船の観音様もあの時のままの風景でした。

北鎌倉でドッと乗客が降りてガラガラになり、そしてこの電車の終点、逗子駅に到着。ここも海水浴の時によく連結作業とかを見に降りたりしていました。そこでお孫ちゃんと、連絡作業や切り離し作業を見ました。しかしお孫ちゃん、それほど興味を示しません。そう言えば今日は、その数ヶ月にはよく頼まれていた発車音の録音を言われません。録画しなくていいのかと聞いても、いいとの返事。もう音鉄は卒業したのでしょうか😅。f:id:x-japanese:20240206112030j:image
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そして次は、田浦駅のトンネルに向かいます。この駅はトンネルに挟まれた短めのホームで、長い電車は前の方がトンネルの中にはみ出て止まるので、ドアが開かないのです。これが今日のお孫ちゃんの一番のメインイベントだったようです😅。そして前方に、トンネルの間に駅が見えて来て到着。するとホームを行き過ぎ、先頭車はトンネルの中で停車。もちろんドアは開きません。これにお孫ちゃんは結構目を丸くして見入っています。見ててもただトンネルの中に止まっているだけなのですが、お孫ちゃんの顔を見てるとその不思議そうな顔、何だか可笑しくてたまりませんでした😅。

それだけでこの駅は発車。お孫ちゃんのリアクションはほとんど無し。お孫ちゃんも、「ただトンネルの中で止まっただけ」というシーンにどうリアクションしていいのか分からない感じでした😅。そして終着駅の雰囲気漂う横須賀駅に到着。この電車は久里浜まで行くので、ここで下車。この終着駅っぽい雰囲気は私は大好き。お孫ちゃんも同じように感じているのかいないのか、その辺りで暫く見入っていました。そして、今日の私の目的の海の景色や船を見せに行きました。f:id:x-japanese:20240206112205j:image
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ここは駅前が直ぐに海浜公園のようになっていて、海も直ぐそこ。普通の船やクルーズの船はもちろん。戦艦や潜水艦も見えて、やっぱり海の風景はいいなあと思います。このヴェルニー公園は、記念館もありピアノなんかも置いてあり、この街はオシャレと言うか、垢抜けていると言うか、本当に素敵な所だなあと感じます。ここはアメリカの海軍基地があるので、やはり垢抜けた感じなのでしょうか。私の好きなX-JAPANのHIDEも、この横須賀生まれ。そしてこう言った垢抜けしてる街だからこそ、HIDEのような人が育つのだろうと実感できる街です。f:id:x-japanese:20240206112920j:image
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しかしお孫ちゃん、船とか潜水艦とはには興味を示しません。海を見るとクラゲが結構います。そしてそれを見て大騒ぎ。その後は遊具を見つけそこでもまた大はしゃぎ。そのうちに同じ位の子供達に混じって追いかけっこ。その後は鳩に餌やり。これじゃあ横須賀に来た意味無いなあと感じてしまうのでした😅。f:id:x-japanese:20240207093308j:image
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この後はお昼も忘れて、延々とこの公園で遊び続けるのでした。

続く。

481.私の夫婦でゴルフ体験記46

他に特に行く所も無かったので、最近疲れ気味の妻のためにかなり早めにチェックイン。この妙義グリーンホテルももう何度目でしょう。勝手知ったるホテルですが、今回は何と夕食の食べ飲み放題の時間が、80分から90分に拡大していました👍。これには気合が入ります😊。閑散期だからなのでしょうか。何だか凄くお得な感じで、ご機嫌。その後はゆったり温泉に浸かりました。

そして明日のために早めに夕ご飯。10分長くなった時間を謳歌しようと、妻と張り切ってバイキングに挑みました😅。しかし結果はいつもと同じ80分程度でお腹は満腹。アルコールもこれ以上飲むと明日に響きそうなので、泣く泣く10分前でリタイア😢。別に悲しむ事では無いのですが、これにも少し歳を感じたのでした。若い頃ならこの伸びた10分は最大限にエンジョイ出来たはず。まあ仕方ない。明日のゴルフの為に、バイキング会場を後にしたのでした😅。

そして翌日。ゆっくり目のスタート。朝は多少寒かったですが、日向では日差しはたっぷりで既に暖かい。前回のコンペとは大違いの、いいゴルフ日和でした。これはしっかりリベンジが出来そうでした。f:id:x-japanese:20240201230154j:image

この日は平日と言う事もあり、組数は少なそうでした。しかし我々の前には数組の4人のパーティー。そして後ろはツーサムが続いています。これは今日は、後ろがくっついて来るシチュエーションだと想像出来ました。しかし、私はこれには特に何も感じませんでした。自分でも、よくここまで達観したモノだと感心。そして今日も後続組を気にせず、前の組にイライラせず、トップに気をつけてプレーに集中しようと思ったのでした。

そして第一打。これは少しスライスが掛かりましたが、これはまだ寒かったのでモコモコの服装のせいだと思いました。200ヤードに届かなかったのですが、真冬のゴルフでは御の字としました。妻も同じような第一打。やはり寒くてモコモコの服で身体が回らないようでした。そして第二打。トップに気を付けて打った所、これがダフリ。ザックリと芝を刈ってしまい、ボールは無惨にもチョロ。そしてこの日はこう言ったダフリが多くありました(いい球ももちろんありました😅)。

この日はティーショットはまずまずだったのに、なぜかアイアンのダフリが多く、内容の割にスコアが良く無く、前半は48。妻は52でまずまず。しかし、アウトの後半には朝の寒さも無くなり、午後に期待が寄せられました。

そして後半のスタートでカートに行くと、何と後続の夫婦が既にスタンバイをしています😳。ここで妻は私にこぼします。私は全く気にならなかったのですが、前半の途中から、かなりこの夫婦が煽って来たようなのです。妻はそれが気になったようで、確かに前半の終わり頃はショットが乱れる時がありました。f:id:x-japanese:20240201234154j:image

私は「そんな事、昔は全然平気だったじゃない?」と言うと、妻は「何だか最近、気になる時が多い」との事。これは何なのでしょう。確かに妻は最近はボールに飛距離が出るようになり、昔と違ってOBを出したり、所謂、ミスショットが大怪我に繋がるようになっているのです。それで緊張感が増しているのか、後続組が近くに来られると、ミスショットが増える感じなのだそうです。特にオヤジが偉そうに腕組みなどしてると、益々やりずらいそうなのです😅。

「そんな事、気にしなきゃいいのに。おれなんか最近は後ろなんか見てないよ」と言うと、妻もそうしているつもりなのに中々そうならないようで、本当に不思議だと言うのです。この気持ち、私には痛い程良く分かります。詳しい事はこのブログにも書いて来ましたが(136回目以降に書いてあります)、これは誰でも一旦は通る道なのでしょうか。しかし後半のスタート時はこの夫婦、くっついて来る事はありませんでした。

妻は気を取り直して、後半のインコースの10番ホールに向かいました。私はこの第一打は最近OBばかりだったのですが、この日は今日一の当たりで、230ヤードのイエローフラッグまで届く当たり。後続の夫婦に見て欲しかったな〜、などと言いながらカートに乗り込みスタートしたのでした😅。f:id:x-japanese:20240201234133j:image

妻も煽ってこない後続組に少し安心したのか、第一打は真っ直ぐに飛び、いいスタートが切れました。しかし私は、第二打をまたダフリ、まさかの3オン。この後もそんなゴルフが続き、終わってみると49。ショートのバンカーで捕まり、ダブルパーのオマケ付き。これまたティーショットはかなり良かった割にスコアが良くなく、何だか後味が悪いゴルフになってしまいました😵。妻は後半は53。何とかコンペのリベンジが出来たと、最後はご機嫌でした。f:id:x-japanese:20240201234205j:image

今回は本当にティーショットはほぼ真っ直ぐに飛び、あのベストスコアを出した、メイレイクのような感覚だったのですが、なぜだかアイアンでのダフリが多く(トップは無かったのでした😊)、本当に残念な結果に終わってしまいました。また惜しくもグリーンに乗らなかった後のアプローチやバンカーの処理は、もう少し練習しないといけないと思ったのでした。そしてこのグリーン周りでのミスショットは、本当に精神的にガクッと来てしまいます😩。

ゴルフはまだまだやる事が多くあります。本当に奥が深いスポーツです。だからこそやり甲斐もあるし、いつまでもやりたいスポーツなのでしょう。これにめげずに、まだまだ頑張って行こうと思ったのでした😅。

480.私のぶらぶら旅23

1月の終わりに月曜の有休が取れたので、先日のゴルフコンペのリベンジに行きたいと妻が急に言い出しました😅。この週明けは、先日のコンペとは違い天気も良さそう。妙義カントリーを調べるとこの時期は当然閑散期でガラガラ状態。またこの時期のアコーディア系のゴルフ場はとてもお得。妻はアコーディアのアプリから割引チケットをゲット。そんな訳で急遽、ゴルフ旅行を計画したのでした。予報では月曜の方が天気が良さそうだったので、またまた妙義カントリーを前日泊で予約。割引チケットで費用も安く出来、日曜日はゆっくり目に出て、のんびりとゴルフを楽しもうと思ったのでした。

普段の1月から2月と言うのは、ゴルフはとにかく寒いし風は吹くし、フェアウェイやグリーンは硬くボールも飛ばないとくれば中々行く気分にはなりません。しかし去年の12月は本当に暖かい日が多く、今年の1月も寒い日はありましたが、月末にあたりはまた暖かい予報。月曜のゴルフは妙義という山間なのに、まあまあの気温そうです。思えば昨年はそんな寒いゴルフのイメージが無いなあと思い、このブログを見てみたら、昨年の今頃はマラソンの練習で、ゴルフどころでは無かったのが分かりました😅。今思うと、つい1年前までフルマラソンを走ってなんて本当に信じられない位に、生活が一変してしまっています。歳を取ると、ひょんな事から生活が一変してしまうんだと実感。この辺り、考えさせられるなあと最近思っています。

気分を変える為に、日曜日は予報では少し寒そうでしたが天気はいいので、私は以前から行ってみたかった榛名神社に行く事にしました。妙義カントリーから1時間程度なので、それ程の負担も無さそうなので、ぶらぶら旅+ゴルフとしてやって来たのでした。この神社は群馬県のパワースポットの神社で、景観も見事との事。ここでパワーを頂き、これからもゴルフやランニングが頑張れるよう、祈願して来ようと思ったのでした。この神社の標高は850m。先週、寒波がやって来ていたので、山道に雪が積もったりしていないか少し心配でしたが、情報ではそんな事も無かったので、思い切って行く事にしたのでした😊。

神社までの道は思ったより山道でした。そして神社に近づくと、道の脇には雪の塊がチラホラ見え出します。やっぱり甘かったか、途中で雪道になったら大変だと思いながら走るのは、中々緊張するモノです。しかし何とか目的地に到着。雪が残っているだけあって結構寒く、しっかりとダウンコートを着込んでお参りに行きました。f:id:x-japanese:20240131181756j:image
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参道は坂道になっていて、両脇には蕎麦屋や甘味店、焼きまんじゅう屋さん等が並び、なんだかほんわかする感じ。その合間に宿坊が並んでいて雰囲気はとてもいいです。この宿坊、何と国の登録有形文化財だそうです。日差しは暖かく、店の軒先では猫達が日向ぼっこ。とても懐かしい風景です(最近、外で猫は見なくなりましたね😵)。f:id:x-japanese:20240201075503j:image
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少し息が上がりますが、鳥居に到着。ここからいよいよ参拝に向かいます。f:id:x-japanese:20240201075756j:image

この辺りも妙義山に似たゴツゴツした岩山が多く、榛名川に沿った参道のあちこちに珍しい岩山があります。そしてその榛名川は所々凍っているのが見えました。やっぱり今日は寒かったんだと実感。そして妙義山さながらの珍しい岩山も多々存在しいます。また聳え立つ木々も大木が多く、この冷たい気候と相まって、凛とした空気に包まれてる気分になります。f:id:x-japanese:20240201171347j:image
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そして何と滝が凍っていました。そこまで寒いとは思わなかったので、これにはびっくり😳。間近に見られる凍った滝もあり、私は凍った滝を見るのは初めてだったので、この光景にはかなりの感動がありました。f:id:x-japanese:20240201171800j:image
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そして本殿に到着。するとそこには外国人の姿が。何と団体旅行のようで、こんな場所まで来るようになったのかと少し衝撃を受けました😳。周りを見渡すと、凄い岩山の間に神社の門が見えます。するとそこが榛名神社です。この時は本殿は工事中で、ちょっと残念。そして参拝。我々家族の祈願と、最近体調を崩している弊社の社長夫婦のお守りを頂きました。f:id:x-japanese:20240201172105j:image

確かにこの辺りに佇んでいると、何かパワーを貰っているような、そんな感覚になるのが不思議です。たくさんパワーを頂いて、来た道を戻ります。時間はお昼を過ぎて、参拝客はまだまだやって来ます。思った以上の参拝客に、そして外国人の多さに少しビックリしながら下山しました。普通に歩けば正味1時間程度で戻って来れる神社でしたが、坂道や階段が多く、最近脚の具合が良く無い妻には結構辛かったようでした。

そして参道のお店で一服。ここでは群馬名物の焼きまんじゅうを頂きます。亡き私の母が大好きだったこのおまんじゅう。私は小さい頃はあまり好きではありませんでしたが、今食べると中々の美味。妻も中々美味しいとペロっと食べていました。f:id:x-japanese:20240201172626j:image

思ったより早く参拝が終わったので、この後は榛名湖に行ってみる事にしました。ここまで来たら榛名湖まではあと3㎞程。雪も大丈夫そうだったので、思い切って行ってみました。なぜかと言うと、その道すがらには、「男根岩」と言う岩が祀ってあり、子授かりと安産の御利益があると言うので、娘達の為に、そこに行きたかったのです。そして榛名湖の凍結もどんなモノなのか見てみたかったのです。

そしてドライブ。しかし榛名神社から先は結構な雪が残っていました。車も少ないので、結構やばそうな感じです。やっぱり止めようかと思いながら、後続の車もいなかったので、ゆっくりと車を進めます。すると見えて来ました、男根岩😳。まさにそのモノといった風情で佇んでいます。駐車場は無く、少しあった側道の空き地に車を止めて、素早くお参り。長女の安産と、次女に子供が授かる事をお祈りしました😊。f:id:x-japanese:20240201173813j:image

そして榛名湖はここからすぐ。何とか雪に遮られる事も無く、榛名湖へ到着。うっすら氷は張っているように見えましたが、名物の氷上ワカサギ釣りはやっていない様子。先程の榛名神社の店の人が、今年は暖冬で氷が張らないと言っていましたが、釣りが出来るほどは凍っていないとの事だったようです。f:id:x-japanese:20240201174045j:image

なんと無く湖畔も閑散としていて寂しく、早々と榛名湖を後にしました。そしてこの日はこの榛名神社だけの予定でしたから、この後は明日に備えて、早々と妙義グリーンホテルを目指したのでした👍。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

479.私の会社員時代、やってらんない記憶.112

このシリーズの最後にこんな悲しかった出来事は無かった、と言う事を書こうと思います。もちろん相手に対してもそうでしたが、自分に対しても何てマヌケだったんだろうと、腹立たしさを通り超え、本当に悲しくなった話です。

私は自慢じゃないですが、殆ど倒産や夜逃げなど、引っ掛かったり回収不能になった案件は無く、おそらく3っだけだと思います。もちろん保証枠や担保枠があってそうなった企業はありますが、会社に損失をもたらした案件は3っだけだったと思います。その1っは310回目のブログですが、その他に、今でも自分が悲しくなる事案があったのです。

ある日、ある会社の社長から、この度会社の従業員が独立するから面倒見てあげてくれと、依頼があったのです。私がまだ3年目位の時でした。中々無い事案だったので、すぐに上司に相談したのです。すると上司は、うちの店長とその社長とはとても仲が良く、是非対応してあげろという指示が出たのです。上司がその事を報告すると、店長は気持ちよく販売してやれとの指示。金額も大した事は無かったので、信用でいいとの事でした。社長もそれについて喜んでくれ、後日、その社員に会う事になったのです。

見た感じは普通の中年の男性でした。担保も保証金も不要という事で、その社員はとても喜んでました。資金決裁も売上が上がってからでいいという、破格の条件でした。そして店が中々決まらないので、決まったら直ぐに出店したいので、とりあえず社長の会社に卸してくれるかとの依頼がありました。社長もしっかり管理してあげると言うので、言われた通りに商品を持って行きました。そしてその後、この社員は退社。その後も社長とは連絡を取っているようなので、特に心配はしていませんでした。商品ももちろんそのまま保管されていました。

しかしある日の事です。今まで保管されていた商品が見当たらない事に気が付きました。私はすぐに社長に確認しました。そんな事は無いと、社長も周りの従業員達に確認しますが、誰も知らないとの事。すぐさま社長が独立した男性に連絡を取りますが、電話はいくら呼んでも出ません。まさかとは思いましたが、自宅へ行くと人の気配がありません。社長は「やられた」と言いました。社長もやはり商品を貸していたそうでした。弊社の商品はさすがにいい加減な対応は出来ないとの事で、ちゃんと独立が確認出来るまでは使わせないようにしてくれていたのです。他に必要な分は社長が用立てていたとの事でした。

その後は弊社も社長も被害者との事で、店長も社長を責める訳にも行かず、弊社は少額ではありますが損失を被ったのでした。社長もこうなった事についてかなりのお詫びをしておりましたが、弊社としてはどうする事も出来ず、諦める事となったのでした。店長はその後、社長の保証人を取っておけば良かったと悔やんでいましたが、授業料だと思って諦めると言っていました。それにしても憎っくきあの従業員、見たつけら只では済まさないと、私も悔しい思いで一杯でした。

この事件は、これで終われば普通の悔しい詐欺事件で終わるのですが、この後にオマケがあったのです。それから数ヶ月経ちました。私もすっかりその事件は忘れていました。店長や上司からの叱責も無く責任も問われなかったので、いい経験だった位にしか覚えて無かったのでした。

そしてある日、バイクでお客様回りをしていた時です。細い路地を走っていると、向こうから1人男性が歩いて来ました。一瞬、止まろうかと思ったのですが、相手の男性が避けてくれたのです。私は有難いと思い、すれ違い様、その男性を見ました。その時、どこかで見た顔だと思い、思わず営業の性か、おじぎをしながら「ありがとうございます」と言ったのでした。そして、「誰だったっけ?」と思った瞬間、その詐欺の男性だったのが分かりました。

あいつだ!、とっ捕まえてやる!」と、直ぐにバイクを転回させ追いかけましたが、既にそいつは逃走。行方を見失ってしまいました。その後もバイクを置き、所々走って見回しましたが、その後は全く分からず。時間も結構経ってしまったので、仕方無しに仕事を続けたのでした。その後は、腑が煮えくり返るとはこの事かと思う位、腹が立ちました。そしてそんな詐欺師に向かって、ご丁寧におじぎをして、「ありがとうございます」まで言ってしまった自分に情けなくなり、本当に悲しくなったのでした。あの時なんでもっと早く気が付かなかったのかと思うと、夜も寝られない位に腹立たしく、そんな自分に悲しくなるのでした。

こんな詐欺師は本当に許せないですが、その詐欺師に気が付かず、目の前にして営業の性とは言え、おじぎをして挨拶までしてしまった自分に、暫くの間、本当に許せなく、悲しい気持ちでいたのです。これを書いている今でも、そんな自分に悲しくなります。しかしこれもToshIの言葉では無いですが、この事件があったからこそ、その後、このような詐欺事件とか回収不能を起こさなかったのかも知れません。

悲しい事は本当に心に傷を負い、立ち直るまでに相当な時間と努力が必要と思います。しかしそれに打ち勝たないとなりません。それに打ち勝って、人間は成長出来るのかも知れません。人間、生きていると色々な事があると思います。でも負けないで、それを乗り越えられたら、それだけ自分が成長出来ると思ってやるしかないのかな、と思っています。

こんなネコなら逃げられても許せますよね。近所の地域ネコ、通称アゴヒゲです😅f:id:x-japanese:20230125213632j:image