前立腺癌、重粒子治療体験記

前立腺癌と重粒子治療について、私の経験をお伝えして行きたいと思います。

271.私の会社員時代、やってらんない記憶.23

こういった上司達、特に店長がこんな感じですと当然に部下達は萎縮して行きます。私のように反乱(それ程した訳では無いですが😵)を起こす部下も多少は存在していましたが、それは極少数でした。

今回は、その少数派で1人中々イキのいい後輩がいて、その話をしたいと思います。その営業は、数班ある営業グループにいた1人で、私がその時グループ長をやっていました。その時の店長は、例の希少な日本酒を飲んでしまった奴です(259回のブログをお読み下さい)。このバカ店長は私が経験した中でも最低な奴でした。とにかく仕事をしないのです。そしてこう言った奴に限ってコンプラを重宝に使うのです。こいつは、なぜ店長になれたかというと、当時の本部の事務部の役員と同じ学閥で、飲み仲間ゴルフ仲間。こんな会社でもそんな物があるんだと、初めて実感したのを覚えています。

この店長で一番困ったのは、店の事務の連中を連れて飲みに行ってしまう事でした。その当時はライフワークバランスが叫ばれ始めた時期で、確かに会社全体で早く帰る事を推進していました。しかしそれは仕事を片付けなくていい事ではありません。仕事を効率的に終わらせて早く帰り、プライベートな時間を有意義に過ごそうという目的なのに、仕事のやり方はそのままな事務の連中が多かったのです。その上この店長が、とにかく時間になるとコンプラ違反になるとか言って、事務の連中を帰らせようとします。そして当時まだ珍しかったハッピーアワーをやっている居酒屋に誘うものですから、営業としてはたまった物ではありません。案件の相談や起案をしたくても既に事務には誰もおらず、若い社員や女子社員が多少残っているだけ。当然、案件が滞り、私を始め営業がよく怒っていたのは既に書いてある通りです。

そんな中である日、いつも成績がいいのにその月は何もやってこない部下がおりました。私は別室に呼び出し、今月どうしたのか理由を聞きました。するとその部下は、「あんな店長の下で働きたく無い」と言うのです。内容は、自分の成績はお店の成績、それはあの店長の成績になるという事に耐えられないとの事なのです。それは私も当然に納得出来ていませんでした。しかしこのままでは部下達も辛い思いをさせてしまう事になる。このままではこの部下は辞めてしまうと思い、私は考えた挙句、彼に転勤を勧めました。色々と話しているとやはり他の会社から引き抜きの話もありそうでした。直ぐに転勤希望を書くように勧め、無事に次回の異動で転勤が決まりました。こういった人材を辞めさせてはいけないと思っていたので、辞めないで他の店に行って活躍出来ればいいと思っていました。その部下はその後、その店で頑張り、私が退職の頃には立派に店長になっていました。

しかしこういった部下は本当に少なく、優秀な人間の殆どが辞めてしまう事が多かったのです。後は大体が心が壊されているか、やる気が無くなっているか、ただのぶら下がり社員か、はたまた究極のゴマスリ社員のパターンでした。営業が、段々とやる気が無くなっていくのを見るのは本当に辛い物です。若い連中は最初はやる気満々で入社して来て、当初は本当に頑張って仕事をしています。しかしこのような上司達に遭遇し、色々と苦労をしていくうちに、段々とやる気が失せて来るのが分かります。それを書こうと思います。

268回目のブログの店長も困ったものでした。とにかく決断力が無く、特に新しい案件については逃げ腰で、相談に行くと本来は褒められるものなのに、逆に不機嫌になる感じでした。当初はそんな部下達の為に私がバックアップしていましたが、それでも中々決まらない姿勢や逃げ腰の姿勢は変わりませんでした。私もかなりこの店長には参っていました。敢えてコンプラ店長と呼びますが、その店長は3年程在籍していたのですが最後の方は私も力付き、勝手にしろって感じで、店の業績がどんどん落ちて行きました。そして問題はその後だったのです。

この店長の転勤がやっとの事で決まり、私の親しくしていた後輩が後任でやって来たのです。実はこれには私は一瞬複雑な気持ちでした。自分は頑張っているつもりなのに、後輩に先を越された訳です。しかしこの後輩は色々な事に積極的な人間でした。私はこの転勤が決まってからは営業の連中に向かい、「今度来る店長はやり甲斐のある人だから、皆でまた頑張ろう」とハッパを掛けました。私はその店長と共にまた頑張って、いい店にしたいと思っていました。しかし現実は違いました。営業の若い連中を中心に、定例の案件以外、全く案件を持って来ないのです。後輩の店長もこれには何かおかしいと思ったようでした。私もたまらずある営業会議の日に皆に本心を聞いてみたのです。すると思いも寄らない言葉が、、、。

「前の店長の方が何もしなくて良かったから楽だった」と言った若い営業がいたのです。殆どの連中もこれに頷いていました。これには私は大ショックを受けました。店長もそれを聞いてかなりのショックを受けたようでした。私はその翌年に転勤になるまで、この連中の意識改革に取り組みました。しかし一旦覚えた楽は中々忘れられません。その後も店長がそれを引き継ぎ、この連中の意識改革に計2年を費やしたそうです。こういった事にも、やってらんね〜と思いました。

私は、これこそがコンプライアンス時代の人事の一番の問題点だと思っています。確かに前の店長は、悪い事件や取引先とのトラブル、未回収の不良案件等の問題を起こしません。当然です。厳しく管理して何もやらないし、何もさせないのですから。特に新しい事にはうるさかったのです。そして、マイナス点が付かなければ多少業績が悪くても3年間も店長を続けられるのです。方や業績を頑張って、その中で倒産とかに当たり未回収など作れば一辺に大変な問題になります。どちらを選ぶとしたらそれは当然に前者です。このコンプラ店長はよくこんな言葉を言っていました。「触らぬ神に祟り無し」。しかしその下の部下達はたまったもんじゃありません。しつこいようですが、これは今の日本に当てはまっていると思いませんか。私はこの国がこんな時代になって行く過程を、しっかりと見ていたのです。失われた30年と言いますが、本当に奥深い問題だと思っています。

人のやる気まで削ぐ上司って何なんでしょう?この怒りは相当なものでしたf:id:x-japanese:20220808231016j:image