前立腺癌、重粒子治療体験記

前立腺癌と重粒子治療について、私の経験をお伝えして行きたいと思います。

260.私の会社員時代、やってらんない記憶.15

このようにセコい店長や先輩も困った物でしたが、これは我々社員達が我慢すれば済んだので、やってらんね〜で済みましたが、その他にも仕事をしない上司や先輩達も多かったのです。これは、私がかなりベテランの域になって来て目立つようになった物でした。この頃は、そろそろサービス残業とか時間外労働とかいう物がクローズアップされ、所謂ライフワークバランスという言葉が流行り出した頃で、それに対応出来ないでいる連中がやたらに多かったのです。それまでは時間は幾らでもある為、のんべんだらりと仕事が出来たのでしょう。そしてそれが、全てでは無いにしても残業代としてお金に変わる訳ですから、この仕事をしない連中にとってはたまらく良い環境だったんだと思います。

こう言った連中も本当に「やってらんね〜」という人種でした。このライフワークバランスのお陰で、私は段々と帰る時間が早くなり、本当にいい時代になったと喜んだ物でした。しかし早く帰るにはそれなりに仕事を効率化する必要があります。しかし、この連中は仕事の効率化など考えた事もないのでしょう。本部から創意工夫して早く帰るよう度々通達が出たりしましたが、この連中はやり方は変えずに強制的に帰らされる訳ですから、当然仕事も片付かなくなります。そう言った事案がこの頃は本当に多かったのです。

我々の仕事は、売上数字を上げる事だけでは無く、売れば集金をして回収して初めて利益が上がるのです。なので、お客さんにどれだけの信用を与えられるか(ツケで売ってあげる事です)、という事が重要となるのですが、この信用の金額が大きくなると、本部に稟議書を上げる必要があるのです。時には相手先の決算書等を貰い、まず店内で協議。必要なら不動産担保や保証金をお願いするのです。そして書類を作成して本部に決裁を仰ぐという感じです。そして、この書類を事務の係の担当が作るのですが、その作成に時間がかかるのです。何でこの程度の物が直ぐに作成出来ないのかが、私は本当に不思議でした。

ある時、大口の受注が入り、お客さんからは返事は後でいいとの案件を貰いました。店では問題無しの判断、後は金額が大きかったので本部へ稟議書を送る必要があります。これが本当に書き上がらないのです。夕方にいつ出来ますかと聞きに行くと、もう帰る時間だと中々書いてくれない日々が続くのでした。そして、どの位の時間が掛かったと思いますか?。何と2ヶ月も掛かったのです。さすがに私も途中でブチ切れ、一体いつになったら稟議書を書くのか詰問した所、あれが無いこれが無いとの回答。「君、お客さんに足りない資料を貰ってくれる?」と言ったものですから、その途端、頭がプツーンと切れたと思うと、私の足が机を蹴っていました。ドーンという音がお店中に響きました。そして、「今更貰えるか!」と捨て台詞を言い、その場を後にしました。

また、こんな事もありました。私の夏休みを前にしたある日、やはり大口の受注を貰いました。そして前述と同じようなパターンで、中々稟議書が書かれないのです。当初は、私の夏休みまでには余裕で稟議書が決裁になるスケジュール感でした。しかし相変わらずに書類の作成が進みません。そして相変わらず時間だからと言って帰って行きます。ここでも私がキレ、またまた机をドーン!、では無く、この時はキレずに稟議書を作らせました。しかし、私の夏休みまでには間に合わず、休みの当日に出社して、その日乗る列車の時間ギリギリまで、一緒になって稟議書を作っていたのです。と言うか書くのを見張っていたと言った方が正確かもしれません。

これはほんの一例であり、私以外にもこの連中の被害にあっていた営業はたくさんいました。しかし、店長はこれに対して何も言いませんでした。何故かというと、その連中は自分の飲み友達だったからです。このバカ店長自体がこの連中を連れて、時間になると毎日のように飲みに行っていたものですから、注意も出来なかったのでしょう。こんな事も本当にやってらんね〜と、思ったものでした。

この頃の自分の写真を見ると、いつも怒ったような顔をしていますf:id:x-japanese:20220806130947j:image