前立腺癌、重粒子治療体験記

前立腺癌と重粒子治療について、私の経験をお伝えして行きたいと思います。

126.私のX-JAPAN奮闘記15

次女からXが復活すると聞いて、画像を見てもまだ信じられなかった私。もちろん、復活の日にお台場に行って確かめるなど、とても出来る環境ではありません。しかしその復活の日の後、そんな私に次女はXの新曲「 I.V.」の音源を聴かせてくれました。映画のソウのタイアップ曲として作った曲とも説明してくれました。初めてその音を聞いた感想は、何か違和感のある感じでした。でも綺麗な曲だなと思いました。解散から10年も経っているのだから、YOSHIKIやメンバーだって歳を取っている現実がある、あの頃のハイスピードと迫力を望むのはもはや無理とも思いました。その復活のニュースはその後芸能ニュースでも多く紹介がされてました。それを見て、私はやっと信じる事が出来ました。

Xの復活という最高のプレゼントがあった2007年が終わり、開けて新年早々、さらにビッグな発表がありました。何と3月に2日間、ライブを行うとの発表でした。そしてまさにネットの時代、申し込みはオフィシャルサイトで先行予約という事でした。この辺りから私の最大のピンチが訪れます。この頃、少しずつネット難民という言葉が流行りだしていました。まさに私の年代以上の叔父さん達はこのネット難民の部類でした。オフィシャルサイト?先行予約?その言葉を聞いただけでアレルギー反応が現れてきました。次女は復活するのならライブを見てみたいと言っていたので、これは何とかしたいと思いました。また後輩に頼むかとも考えたのですが、4人分ともなると難しそうでした。

しかし、ここに来て強力な助っ人が現れたのです。うちの妻です。同じ年代にも関わらず、うちの妻と子供達とは女同士。子供達と切磋琢磨しながら、時に呆れられ時に馬鹿にされながらも、頑張ってネットの世界に遅れまいとしていました。妻はその次女の望みを一緒に聞いていたのです。妻も私と同じように、次女に何とか見せてあげたいという母性本能が働いてました。そして申し込みの当日、2人して抽選に応募しました。何とか当選するように神に祈る思いでしたが、結果は見事に落選。この落胆はかなりのもの、2日間あるとはいえ復活ライブだから当然かとも思い、この時は諦めました。

しかし妻は何とかならないか、仕事から帰ると毎日ネットを見ていたようです。私はすっかり諦めていました。するとある日家に帰ると妻が、急いでまた申し込みするようにとの指示があり、そのままパソコンに向かいました。聞くと、2日外れた人を対象に、中日にもう1日開催する事となったのと事。母の愛がXに通じたのでしょうか。その後のまさかの4人分当選、それもよく席を見るとアリーナ席です。妻はこの日の為に随分奮発した予算を組んでいたようです。でも中日に追加公演をやるなんて私は信じられませんでした。となると、こんな大きな会場で3Daysって事?そんなライブは解散前でも随分遡るのでは無いかと思いました。復活なのに大丈夫なのか?不安で仕方ありませんでした。しかしうちの女性軍は当選した事で有頂天状態。特に次女は本当に嬉しそうでした。3月29日をまだかまだかと待つ日が続きました。

その日は土曜日、朝から家族全員超興奮状態。はやる心を落ち着かせていました。しかし昨夜のライブはYOSHIKIが途中で倒れてそのまま終わってしまうというアクシデントがあったとのワイドショーの情報がありました。不安は的中しました。今日行っても中止って事も考えられるなと思いましたが、嬉しそうな家族を見てると、とても言えませんでした。昼過ぎに満を辞して家を出ました。そしてあの日と同じ丸の内線の後楽園駅で降り、東京ドームへ向かいます。行く道すがら、前に来たのは既に11年以上も前で、まさか、また家族揃ってここにやって来るとは夢にも思いませんでした。ドームの周りには、あの時程では無いですが、赤い髪赤い服、青い服、その他色々。本当に復活したんだとこの時初めて実感したのを覚えています。 

2017横浜アリーナにて、昔に比べるとコスプレしている人は少なくなりましたf:id:x-japanese:20210911171753j:image